2014年05月06日

苦労しろ、痛い目にあえ

一体誰が好んで苦労したいなどと思うのだろうか?誰が痛い目に遭うのを歓迎するのだろうか?そんな人はほどんどいない。じゃあ苦労し痛い目にあえばいいのだろうか?その通りだ。みずから痛みや苦労を選ぶべきだ。実は本気な人間ほど難関を通過しなくならなければならなくなる。しかし「苦労」し「痛い目にあう」だけじゃだめなのだ。絶対勝たなきゃいけない。勝つ事で「苦労」し「痛い目にあった」という経験がはじめて挽回される。

 「楽あり苦あり」なので「苦あり楽あり」にもなるのだ。これはもう選択するしかない。みんな分かってる事だ。でもなかなか後者を選べない。それは本当に自分の人生に対して「甘い」人間なのだ。ボク自身もはっきり認めている。20代の自分は本当にバカだったと。ただのあまちゃんだったと。楽をし過ぎたのだと。

 20代に苦労せず、責任を負わず、人にもまれて成長もそこまでせず、自分がやりたい事だけをやって日々を適当に送ってしまった。そしてそのつけが30代である自分に重くのしかかっている。勝手な自己満足の世界で突っ走っていたファンジー者だったのだ。今ボクは自分の事をけちょんけちょんにけなしている。お前はダメな奴だと。お前は今すぐに全力で発動しないと挽回できないぞと。だからボクは今ものすごく危機感を持って生きざるを得なくなった。この状態が本当なら20代初期で起こるべきだった。この「差」はもう埋められない。

 だからボクはこの事に気づいて来た29歳の頃から動き始めた。それは自分のやりたい事がもっとはっきりしてきたし完全に金欠に陥るという究極な状況に陥ってはじめて経済面が弱過ぎた事に自覚させられたのだ。なので−50万円の反動で500万円の資産を生んだのだ。しかしボクは今思っている事がある。まだ−50万円の反動は終わっていない。それはまだ自分が求めている本当の自由に達していないからだ。

 それほどなんで20代でやらなかったのか?なんで周りのいい歳した大人たちははっきりと自分を教育してくれなかったのか?などとちょっと人のせいにしてみたりして胸に痛みを抱えて30代を過ごしている。しかし本当に知っているか知らないだけの差であり意識できているか意識できていない差だけなのだ。恐ろしい事に年月を重ねるたびに開きがとんでもなく大きくなって行く。「知る」という事自体がどれだけの差を生むのか分からないといけない。真実を知る、現実を知る、事実を知る、世界を知る、人を知る。これを達するには本気でぶつかって「今」のうち経験を得るしかないのだ。

 人生に教科書なんてないし、絶対にこうするべきだなんてものは存在しない。自分とリアルな現実の世界があるだけだ。心理学の本を100冊読むより100人と深く交わった方が人間の心理が分かるしビジネスの真髄をつかむにはビジネス書を100冊読むより100のビジネスを立ち上げた方が理解が100倍深くなる。なのでみんなリアルの世界にぶつかり苦労と痛みをみずから選んで経験を知恵に変えていって欲しいと願っている。

 


posted by 世界放浪異端児BS at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 苦労と痛みの経験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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