2014年05月06日

経験が何よりも重要だったのか?!?

うわべだけで生きている人間は本気で物事にぶつかって新たな経験を生み出したりしない。人生は本当の「満足」というものをもがいて勝ち取らなければならないのだ。人間というのは本当に人それぞれの「器」がありそれをどこまで拡大させる事ができるのかみんな試す必要があるのだ。

 自分の「器」というものがどれほど大きいかは挑戦してみた人間だけしか分からないのだ。自分に対してのポテンシャルを拡大するかそれを拡大しないかは自分が決められる。人生というのは挑戦すればするほどそれが経験となって自分の中で蓄積されていく。これは誰にも奪われる事はないし拡大するだけだ。

 ボクは気づいてしまったのだ。「経験こそがその人の器を拡大させていくし人生の味わいが深くなる。」だから「挑戦」「成長」「本気」「改革」「拡大」「経験」「勝ちとる」などを意識して生きている人間こそ器が大きくなり人間的魅力が増し人生に深い味をもたらすのだ。つまり薄っぺらい人生を歩むのか濃い人生を歩むかの違いだ。

薄っぺらい人生というのは味がなく同じような事をリピートし同じ所で走って同じ回転をしているハムスターとそう変わらない人生だ。他の言い方をするなら「ある程度の満足をえながら同じような苦しみをスローにずっと延長させ続けるかもしくは苦しみをどっと一気に味わい余生を超楽しく生きるのか」という違いでもある。

 両極端な話をしてしまったが実際そうではないのか?薄っぺらい人生か味わい深い人生を歩むのか。。。もう二つに1つしかないのだ。人間結局1人で生まれて1人で死ぬしかない。もう他の人が何をしたいとか、他の人がどうしただとか極論どうでもいい事なのだ。優先順位で1番高い質問は「自分がどんな人生を歩みたいのか?」だけだ。他人があなたの人生を決めるのではない。もし他人があなたの人生を支配していると考えているならそれは思い込みに過ぎない。

 リアルな世界をもっとリアルに見るなら「縛られている」というのは牢屋にでもつながれていない限り縛られていないのだ。「精神的」な世界の中で縛られているという「見方」をしているだけなのだ。つまり「縛られている」という考えを自分の中で作ってしまっている。本当の自由は自分の心の中で発生させられる。自由というのはその人の心が感じ頭で考える事だ。物理的な世界には存在していない。

 つまりボクがここで言いたいのは「精神的に自分を縛ってしまわずに思いっきり生きて深く人生を味わえ!!」ということだ。それ以上楽しく満足感のある人生の過ごし方がどこにあるのだろうか?他にあるのならぜひ教えて欲しいぐらいだなどと思っている。


posted by 世界放浪異端児BS at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 経験が何よりも重要だった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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