2014年07月08日

Third Culture Kids (第三文化の子供達)とは?

banner-defining.jpgTCKs = Third Culture Kids (第3文化の子供達)
 
 今回この新種とも言えるこの言葉に出会えたのは非常に親しいボクのマレーシアの友人の結婚式に参加したおかげだ。結婚式の前日結婚式が行われるリゾートに滞在していた。この時リゾートホテルのロビーで友人の結婚カウンセラーと出会った。

 この年配女性は友人の結婚カウンセリングを行っていたらしく今回結婚する2人は共に「TCKs」であり自分はTCKsの子供を4人も育てた事があるからカウンセリングをする事になったと言っていた。ここでTCKsという言葉を耳にした事が今迄になかったのでもっと掘り下げてそれがなんなのかきいているいちになんと自分がそのTCKsだという事が判明した。今は大人なのでATCKsという呼び名らしいので世界放浪異端児トシカズの正体は。。。

    ATCKs(Adult Third Culture Kids) 

 という事になる。これは自分にとっては大きな事件だった。なぜなら自分の身分を証明する用語が存在していると分かり大喜びだったのだ。それはまるで病名が分からずずっと不安で孤独だった人間が病名と原因などがようやくわかり安堵感を取り戻すのと似ている。

 ボクはこの過ぎ去った33年間もの間自分の身分の混乱に関して自分は「Identity Chrisis」(身分危機)の状態だと勝手に呼んでいた。ようするに身分が確定しない為に自分がどこに所属しているのかいったい自分が何者なのかはっきりできないというような主張だ。

 そもそもこのThird Culture Kidsとはなんなのか?簡単に言うと自分の国籍(第一文化)、海外で住んでいる所(第ニ文化)、自分の国籍にも海外で住んでいる所にも属さない宙に浮いているような中間文化(第3文化)。この「第一文化」と「第ニ文化」はすぐ理解できると思うが「第三文化」の意味が良く分からないと思うのでもっとほりさげて説明したいと思います。

 自分(世界放浪異端児トシカズ)が第3文化に属する人間なのでとりあえず自分を例にとって説明します。ボクは日本国籍を有しているのですが子供時代はほとんど香港で育ちました。香港に居ながら日本人幼稚園、日本人小学校、日本人中学校と通い高校はインタナショナルスクールに通い大学はイギリスや北京など2つの大学に通いました。

 海外という文化背景に居ながら日本教育を受け、西洋教育を受け、香港という海外文化背景の中で育つ。子供の頃はまだいいのですが大人になって来ると1つの文化の中に長くとどまっていられないのが分かります。それは第3文化というこの新種の文化には「土地、場所、1つの文化などに所属する」という感覚がもともとないからです。

 ボクは海外のあちらこちらに点在した後仕事する為に日本に帰国しました。しかし日本社会では完全なる喪失感と混乱が自分を待ち受けていました。ボクは日本社会に住めば住む程精神的に苦しくなり一種の「うつ」のような感覚に陥り最終的には体が麻痺してきました。

 これは大げさにいっているのではなく本当に苦しみの中にいました。この苦しさを理解できる人は周りに全くいなかったので本当に孤独でした。ボクを理解できボクとたくさんの共感を得られるのは同じThird Culture Kidsしかいないという結論です。これは宿命的なもので変えられるものではない。

 日本というのは単一民族なので考え方、物事の見方が他の国の複合民族よりも狭い為に自分が窮屈に感じ自由を奪われてしまった感覚に陥りました。既に自分の脳が自分の意識とは裏腹に勝手に「拒否感」を覚えました。この感覚は本当に「息苦しい」「苦しい」といったうめきに近い。

 朝起きると「あ〜なんでここにいなきゃいけないんだろう?」「まるで全く異国の地に捨てられてしまった孤児のようだ。」「あ〜なんでここに合わせなきゃいけないんだろう?」「日本から出たいな」「あ〜ここに居る時間がもったいない。」「あ〜いつまでここにいなきゃいけないんだろう?」などというような感覚が来ます。これが毎日続きます。拷問されているような感覚です。これは誰かに「気持ちを変えればいいじゃない」と言われ「そうか!気持ちを変えればいいんだ!」などと思って意識的に変えようと思って変えられるしろものではありません。

 既に自分の脳に「第3文化世界」=「故郷であり自由を感じられる世界」がインプットされているので頭の中で自動的に第三文化と第一文化(日本)を比較してしまい「日本はなんて狭い国なんだ。なんて不自由な国なんだ。」などと思ってしまう。自分の祖国だというのに日本に対して抵抗を感じてしまっているのだ。

 ボクの感覚でいったら日本に居る日本人はボクの事を受け入れてくれない。しかし客観的にちゃんと見ると日本人がボクの事を受け入れてくれないというよりもむしろ日本国内にいる日本人の文化というのはもともと海外文化に溶けられない単一民族的文化なので当たり前の結果だったのだ。

 単一民族的文化に染まっている集団に対して「異文化のボクを受け入れろよ!」と要求する事はまさに彼らに対して「その単一民族的文化を捨てて俺にもちょっとは合わせろよ!と強要していると言える。ここに摩擦が生じ衝突が生じる。ボクは「個人」なので「集団」には勝てない。なので最終的にボクか単一民族集団の中に溶け込むかもしくはその集団から離れるしか選択肢がない。

 ボクは日本に住んでいるうちに悟ったのだ。これは何年努力しても簡単に同化できるものではない。仮に将来同化できたとしても同化するのに最低20年、30年以上かかってしまうし下手したら一生同化できないかもしれない。それにその長い間ずっと苦しまなければならない事になる。それだけ日本と海外の生活や人間的つきあいのギャップが大きいのだ。

 なので日本にいた時自分が孤独の中ではっきり出した最善の答えは「日本脱出」だ。日本脱出にはお金が居る。ボクは日本脱出の為にだけ働いた。そしてボクは脱出したのだが一時脱出でまたお金の問題で日本に戻らなくてはいけなくなったりした。これはボクにとって孤独の戦いだった。それは自分がいるべき所に居る為にしなければいけない必須事項だった。なぜならとどまる事は「苦しみ」でありいるべき所へいく事こそ「安堵」だったのだ。

 ボクは今安堵の中に居る。それは「第3文化」の中で生活出来ているから自分というアイデンティティーを保てているので「苦しみ」を感じない。まさに故郷にいる感覚だ。しかし微妙にずれがあるのは、故郷にいるはずなのに現地の人たちとの間には微妙な隔たりがある。この感覚がまさに「第3文化」の世界だ。

 第2文化の場所(香港)でローカルにも完全に溶け込めずにいる空間。それがまさにピンポイントで「第3文化」の空間だ。これらの説明で第3文化がだいぶ見えてきたのではないだろうか?

 今世の中はボクのようなATCKsがどんどん増えていっている。まさにボクはグローバル化の最先端世代の空間で生きていると言える。今振り返ればこれはまさに悩み続けた大きな喪失感や孤独感であるとともに最強の武器だと言える。ボクは今迄妥協せず自分の道を走り続けた。

 だから今「世界放浪異端児トシカズ」が居るのだ。これがボクのアイデンティティー。なぜ世界を放浪し続ける事が出来るのか?なぜ祖国日本に帰らずに居られるのか?それは第3文化という「1つの土地、1つの文化、1つの考え」に同化せず宙に浮く事に慣れていてその感覚の中で育ったからだった。

 だから自分が世界放浪を続けて実は当たり前だったのだ。ボクはこれを何か自分が特別に凄い事をしている感覚でやっているのではなくむしろやっている状態こそが自分の第3文化空間であり「故郷」だった。

 


posted by 世界放浪異端児BS at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 第3文化の子供達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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