2014年04月03日

世界の色々な国々を放浪して。。。


 ボクは今までバイトと転職を繰り返しながらいろんな国々を放浪したり、住んだり、語学を勉強したりした。20代の頃は世界放浪や語学留学や恋愛する為に働いていたようなものだ。とにかく日本にはいたくなかった。日本に居ると息が詰まって来る。もともと日本は「島国」だから国民性も閉鎖的で開放感がない。全体的にみんな同じであれば安心する人種だ。だがボクは違う。みんなと同じでありすぎる事は「危険」だと思っている。

  同じ考え方、同じファッション、同じのりの化粧、同じ行動、同じ生活、同じノリ、おなじうわあああ!!!と思ってしまう。これはもうしょうがないのだ。日本を変えようがない。変えるより自分が外に出た方が早い。海外に出てはじめて「日本」や「日本人」が分かる。なぜか?それは他の国々との差別化ができるからだ。日本のいいところとおかしなところが客観的によく分かる。

  日本国内にいる若い人たちは絶対に早いうちに海外経験をしないといけない。これは「必須」だ。なぜそう思うのか?それは世界を学んで成長する為だ。みんな日本国内だけで満足する人間にならないで欲しいと願っている。ボクの20代は自由奔放に世界放浪して過ごした。そしてこれを後悔したこともないし30代、40代ではなく20代でやりとげたことが良かったと思う。しかしボクの海外の旅はまだ終わっていない。

  なぜならば「まだ全然足りない」と思っているからだ。まだ見足りない、まだいきたりない、まだ交わりが足りない、まだ吸収が足りない、なので完全に満足しきるまでボクはこのフリーター海外放浪異端児生活をやめるつもりはない。これがまさに自分のアイデンティティーであり「トシカズ」なのだ。

全ての人の旅はある一定の期間を過ぎたら完結するがボクの中ではずっと完結しないと思っているのだ。その理由は、この4年間自分1人だけで経済的に戦い続けて来た日々の中で「自分が本当に求めているもの」は何か?と問い続けて来た結果「ボクの旅は完結しない旅。。。つまり旅をしながら生きる人生。」という答えが返って来た。
だからこそこの4年間そのまことの自分を再現する為に走り続ける事ができた。

  ボクはこの自分の本当に生きたい生活、生きたい有様、生きたい人生を全うする為に生きている。だから時には孤立しなきゃいけないし、孤独と戦わなきゃいけない時もあるし、寂しい思いをしたりする事もある。でもそんな中で遭遇する「出会い」に感動したり、会話を楽しんだり、あり得ない程うまいものを食べたり、喉カラカラの時に水が甘く感じたりなどあげたらきりがない程人生を生きているという感じがするのだ。

  ボクは普通に生活して死ぬ人生なんてありえないと思っているし、普通で幸せなんて考え方はぬるま湯につかって「これでいいんだよ、これ以上何も望まなくていいだろう?」と現状だけで満足している。現状にあまんじている人の人生はそこまでだ。つまりその先はないし成長もないし刺激もないしそこまで生きた実感や意義を見いださず「池の中のコイ」と同じような人生を歩んで死んで行く。

でも今これを読んでいる人の中で「池の中のコイ」として生きて何が悪い?と思っている人はいないはずだし、もしそう思っていたとしてもボクはいいたい。。。そういうふうに生きて別に悪くはないけど後悔しなければいいんじゃない?と。。。



posted by 世界放浪異端児BS at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界放浪と海外生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。